NO.362-110 旧ブログ記事 NO.110(2015.8.23)
“大元が、何かを想う”
そのたった “一つの想いが、また想う”
そこから細胞分裂がどんどんと起こり出します。
もう戻れません。
“永遠のフロー” が始まったのです。
この “永遠のフロー” で、“世界” がどんどんと変化していきます。
その “世界の中” に、私が居るということは、
“私の役目をやっていく” ということです。
これが “フロー” です。
たとえば、この世界を「自動車」に例えてみて、
私がその「タイヤ」なら、私は「タイヤ」をやっていくのです。
その「タイヤ」がエンジンになる事は不可能です。
でも、そんなことを「私」はやらかそうとしています。
しかし、ずっと「タイヤのままでいろ」というのではありません。
これは、逆説的になるのですが、
「タイヤ」から、「何かになろう」としている、つまり “そこ” から出ようとしている「タイヤ」を “元の位置” に戻すのです。
つまり、「タイヤ」が、“タイヤそのものに成りきる” のです。
すると、タイヤは “自動車そのもの” に成ります。
と同時に、その自動車は自動車に非ず、それを “越えたもの”
“世界全体に成っている” のです。