NO.50-13 旧ブログ記事 NO.13(2016.1.21)
「想い」が浮いていて、それが「やっているよう」に見えていました。
この「浮いている想い」は、「ボワ~んとした振動」を持っています。
私が喋っているようになっていますが、
私の頭の上やや前に「想い」が浮いていて、
それが音となって「私が喋っている」ようになっています。
家族も喋っていますが、家族が喋っているのではなく、
家族の集まりの上に「想い」が浮いていて、
「家族が喋っている」ようになっています。
テレビではオペラ歌手が歌っています。
これもテレビの所に「想いのようなもの」が浮いていて、
それが「音」になっている感じでした。
その時、わたしは “それらを含む空間” になっていました。
“わたしの空間の中” に、霞がかかったような状態で「家族やテレビ」があって、それらが残像のような「映像」に見えていました。
そして唯一、“浮いている想い” だけが、“質量” を持っていました。