「あなた」が何もしないとき未知がひらく

ワーグナーの「さまよえるオランダ人」

NO.517

「さまよえるオランダ人」の伝説

それは、大航海時代にヨーロッパ地方(大西洋)から

アフリカ大陸南端の「希望岬」を経て

東洋への航路を初めて切り拓いた、ヴァスコ・ダ・ガマから

それに続いて行く航海者たちがいた頃に始まるものである

その中において、優れた操船術を持ちながらも

未だに「希望岬」を越えることが出来ていない

一人の「オランダ人船長」が居た

彼は、その自らの不運を嘆いて

私がそこを越えられないのは自らの操船術のせいではなく

「神と自然の力のせいだ」と、“それら” を呪い

「たとえこの世の終わりまでかかろうとも、必ずこの岬を回ってみせる!」

と「思いあがった言葉」を吐き捨ててしまう

それゆえ「それ」を聞いた悪魔によって、その言葉尻を捉えられてしまい

「この世の終わりが来るまで世界の海を彷徨い続ける」という

「呪い」をかけられてしまうのである

そんなあるとき、一人の天使が「救済の条件」を取り付けてくれた

それは、七年に一度だけ陸に上がることを許され

そこで “永遠なる真実の愛を女性から受け取ることが出来ればその呪いは解ける” というものである

だが、“それ” が出来ないかぎりは

彼は永遠に「この世界の海」を彷徨い続けなければならないのである

彼は、今まで七年毎に陸に上がり、それを行ってきた

だが、一度たりとも “真実の愛を与えてくれる女性” とは出会えなかったのである

あまりにも永い年月、そのようなことが続いてきたため

もはや「そんなものはない」と断言出来てしまうほどになってしまっていた

自分を救ってくれる “真実の愛” など

この地上には有りはしないのだ

だとしたら、こんな人生はもう終わらせてしまいたい

「死んでしまいたい」

と、彼は何度も思って、自らで海に身を投げた

だが、死ねなかった

海賊と一戦交えて、無理やりにでも命を落とそうともした

だが、彼を見た海賊は恐れをなして十字を切って逃げ出していく

そう、彼はどうしても死ぬことが出来なかったのである

彼に「死」は許されていないのだ

だから、今もなお「この世界の海」を彷徨い続けているのである

そして、またその七年目がやってきた

今度こそ、“女性の純心な愛” によって救われたい

だが、そんなことはきっと無理なのだ・・・

  

さて、こちらは「ノルウェー人の貿易船」

その船長の名は、ダーラント

彼らは永い航海の末、数々の交易品を携えて

今、自らの故郷の港にたどり着こうとしていた

そんな矢先、突然、嵐が巻き起こり

故郷の港にたどり着くことが出来なくなる

仕方がなく、彼らはその手前の港に停泊することになる

そこにやって来る怪しい「オランダ人の幽霊船」

そのオランダ人は、ノルウェー船の船長ダーラントと話しをする

このとき、ダーラントに娘がいることを知り

自らの財宝と引き換えに、ダーラントの娘、ゼンタを嫁に欲しいと持ちかけるのである

ダーラントは、かねてより娘のゼンタには裕福な婿を迎えようと考えていたため

オランダ人が持っている豊富な財宝を見て、その取引を快諾する

そして、嵐が鎮まったあと

ダーラントのノルウェー船は自らの故郷の港に入っていく

その後を追ってオランダ人の幽霊船も、その港に入っていく

  

さて、ダーラントの館の中

交易品を携えて戻ってくる男たちを待ちわびる女たちの陽気な声が響いている

その中で一人、ダーラントの娘、ゼンタが「怪しい雰囲気をまとった男の絵」の前で釘付けになっている

その絵は伝説になっている「さまよえるオランダ人」の絵である

ゼンタは幼い頃から「この伝説」のことを乳母から聞かされてきたのである

そして、おぼろげながらも「自らがあのオランダ人を救う聖なる女性になること」を信じていたのである

そのゼンタには恋人がいた

猟師である、エリックである

だが、ゼンタはエリックよりも「さまよえるオランダ人の絵」の方に夢中になっている

そんなゼンタにエリックは「絵の中の男」に夢中になってばかりで

自分の方を向いてくれない「苦しさ」を訴える

だが、ゼンタは

「あの不幸なオランダ人の苦しみを感じないの?」

「彼から永遠に安らぎを奪ったもの、それが私の心にも苦しみを与えるの」

「彼の運命に比べたら、エリックの苦しみなんて何だというの」

と、彼のことで心がいっぱいである

エリックは言う

俺は夢を見たんだ、ゼンタ聞いてくれるか?

 * ここからゼンタはエリックの話に催眠術にかかった様になる

俺は、岸壁の上から遥か下の海を眺めていた

すると、見知らぬ船が岸に停まっているのが見えた

その船は、とても奇妙で怪しげだった

そのあと、二人の男が岸に上がってきたが

そのうちの一人がおまえのお父さんだった

そして、もう一人の男は、青白い顔立ちで、まなざしは暗くて・・

そう、この船乗りの男だった

と「さまよえるオランダ人の絵」を指さした

そしてお前は館から出てきて

父に挨拶しようと駆け寄った

だが、お前は父にたどり着く前に

「あの男」に気が付いて

あの男の方へと向かっていったのだ

そして熱い接吻をしたのである

 * ゼンタは問う

    その後は?

お前たちが海上に消えていくのが俺には見えた

 * ゼンタは催眠術から覚めたようになって歓喜する

    彼は私を探し求めている

    私はあの人の元へ行き、一緒に成し遂げなければならない

エリックは言う

恐ろしいことだ、この女はあの男の元へ行ってしまう

俺の夢は正夢だったのだ

 * そしてゼンタは、また「さまよえるオランダ人の絵」に見入っている

  

そこへ、父であるダーラントが、オランダ人を連れて部屋に入って来る

絵から目を離したゼンタは、そのオランダ人を見て驚きの声をあげる

ダーラントは、オランダ船の財宝に目がくらんでいるため二人を引っ付けようとするが

そんなことはお構いなしに、二人は見つめ合ったまま何かを感じ取っている

このとき、オランダ人は “恋をした”

その様子を見たダーラントは、邪魔をしないようにと部屋から出ていく

二人だけになると、オランダ人はゼンタに言う

「あなたの姿は、遥か遠い昔からずっと、私に呼びかけているようだ」

「『呪い』をかけられてから夢にまで見た “その姿” が今、私の目の前に現れている」

ゼンタも幼い頃からずっと惹かれ続けてきた「絵の中の人物」が

幻ではなく、今目の前に居ることに感動している

そして、ゼンタは “自らの真実の愛を与えることの決心” を彼に伝えるのである

だが、“永遠の真実の愛” を誓った女性は

もう戻ることは許されない

もし、“誓った愛” を破ったなら

「永遠の破滅」という罰を受けることになるのである

オランダ人は、ゼンタに万が一にもそのようなことには成って欲しくない

だからといって、今までずっと願ってきた「自らの救済」への切実な思いもある

そのような複雑な思いが、オランダ人を少しためらわせてしまうのである

だが、ゼンタの決心は、微塵も緩まない

「永遠の破滅」に至っても “真実の愛を貫き通す” と言い切るのである

このゼンタの言葉に、オランダ人は初めて希望の光を見るのである

  

さて、館の前には2隻の船が並んでいる

ダーラントの「ノルウェー船」と

不気味な雰囲気を放っている「オランダ人の幽霊船」である

そこへ、ゼンタが館から飛び出してくる

その後を、興奮したエリックが追いかけてくる

エリックは、オランダ人と婚約したゼンタを咎めると共に

「何やら恐ろしい力に吸い寄せられていくゼンタ」を引き留めようとする

そして、ゼンタに「二人は愛を誓い合った仲ではなかったのか」と問い詰めるのである

その二人の話を陰から聞いていた、オランダ人は

またもや貶められたと絶望する

「もうおしまいだ!」

「ゼンタにも騙されたのだ!」

「永遠の真実の愛なんて嘘だったのだ!」

「これで自らの救いも消え去ったのだ!」

と早合点して、オランダ船に乗り込みそこを去ろうとする

だが、オランダ人はゼンタを愛している

だから、“誓い” を破ったゼンタを

「永遠に破滅させられる罰」から救おうとするのである

オランダ人は言う

「ゼンタは私に対して愛を誓ったが、まだ神に対しては誓っていない」

「このことが、ゼンタを救うのだ」

「今まで何人もの女性が犠牲になってきた」

「だが、お前だけは助けてやろう」

と言い残して、そこを去ろうとするのである

だが、ゼンタはあらためて自らの “永遠の真実の愛” には偽りがないことを誓うのである

だが、オランダ人はそれを受け流し

「お前は私が誰だか知らないのだ」

「世界のあらゆる海を渡った船乗りに訊いてみるがよい」

「人々の恐怖の的となるこの私のことを」

「我こそが『さまよえるオランダ人』なのだよ」と口上し

船に飛び乗りそのまま出航していくのである

それを追おうとするゼンタ

このとき、エリックの助けに応じて集まった者たちが

ゼンタを必死に止めようとする

だが、それを身をよじって振り払ったゼンタは

岬の突端から、オランダ人に呼びかけ

“永遠の真実の愛を誓って” 海に身を投げるのである

このゼンタの “誠の愛” によって

オランダ人にかけられていた「呪い」が瞬時に解け

オランダ人は「死」を許されると共に

幽霊船もろとも海の中へと沈んで行く

そして、そこから昇ってくる光の中で

“浄化されたオランダ人とゼンタの二人” が抱き合ったまま昇天していき

二人は “永遠の救いを得る” のである

  

これが「さまよえるオランダ人」の大まかなストーリーである

  

さて、最後にこう問うてみたい

我々は、果たして “真実の愛” を成就させることが出来るのだろうか?と

“真実の愛” を見つけ出し、それを成就させることが出来るのだろうか?と

ずっと「世界の海」を彷徨い続けていた、あの「さまよえるオランダ人」のように・・・

彼が「かけられていたような呪い」から、いつか我々も解かれる日が来るのだろうか?と

その答えは、きっとこういうことになるのかもしれない

  

オランダ人が「自らの救済」を捨ててまでしてゼンタを救おうとしたこと

そして、ゼンタがオランダ人のために行った自己犠牲(イエスが行った贖罪のような)

このお互いが行った “究極の「自我」の死” によって、二人は “永遠の救い” を得たのである

これは、二人が “愛そのもの” に成ったことで “永遠の今” を生きることになり

“全てを愛に変えてしまった” ということである

  

そして「この世界の中」にいる我々も

いつか、心から愛するひとりの相手と出会い

その二人で行う “究極の「自我」の死” によってもたらされる “永遠の救い” を得ることが出来たなら

「この世界での全てのプログラム」が終了することになるのだろう

これが起きるまで

我々は彼と同じく「この世界の中」を彷徨い続ける運命なのかもしれない