「あなた」が何もしないとき未知がひらく

世阿弥の「初心忘るべからず」

NO.204

“初心忘るべからず”

これは「能」の世阿弥が遺した言葉なのだが

この言葉の真意は

「初めての時のような新鮮な気持ちをいつも忘れないように」ということではなく

“いつも初めてのように接しなさい” ということである

  

たとえば、野球の選手がスランプに陥ったとして

「始めて野球をやったときの楽しい気持ち」や
「新鮮な気持ちを思い出しなさい」と言っているのではなく

「『そのような気持ち』ですら、そこに有ってはならない」と言っているのである

つまり「『過去』を “ここ” に持って来てはいけない」ということである

過去を捨て去った “新しいもの” で、“常に新しい瞬間を捉え続けることの重要さ”

“生の躍動を捉え続けていくことの重要さ” を伝えているのである

これは、能の演者が “能舞台での “今” を捉え続けること” によって

“能舞台の周波数を高次に変えてしまう” からである

こう成るとその演者の行為は “そこに在る振動と共に勝手に為されていく”

もはや演者は “その行為を感じているだけ” となる

これが、“無為自然、サマーディ”

“この高次の周波数” に観客が共鳴することで感動を呼ぶのである

  

この捉え方は、最上位のことになるから

「演者の技術が充分に身に付いてから」の話である

技術がまだ乏しいなら、先に技術を習得してからのことである

そして、技術が身に付き、身体に染み込んで自然に行えるようになったその後に

ようやく “この位置” まで辿り着くのである

つまり、世阿弥は “常に今=永遠の今” に在り続けることの重要さ を伝えていたのである

これが、“初心忘るべからず” の真意である