「あなた」が何もしないとき未知がひらく

「他者」の居ない世界

NO.102

私は難しく考え過ぎていた

今になってやっと解かるが、何でもよかったのだ

いちいち「これはこうなのだから、あれはこうなのだから」と決めつけていた

そこから「『出来事』を、良いように変えよう」としていた

つまり、いつも満足せずに、こねくり回していたのだ

だからいつも疲れていた

「この世界のしくみ」を知ってからは、ずっとそうだった

これじゃあ「我々は奴隷じゃないか」

徹底的に「自分」を守るようになっていた

ずっと「戦闘モード」だった

戦闘と言っても、ただの防戦一方だった

防戦一方だったので、日々の生活にまったく活力が湧いてこなかった

何とか脱出するヒントを探し出すため「精神世界の探求」ばかりをしていた

クリシュナムルティは、この世界のことを「気違いじみた狂気の世界」と言っていた

まさにその通りだ

「こんなバカらしい世界」から一刻も早く出たかった

だが、今になって解かる

なんでもよかったのだ

  

これは「投げやりになる」ということではなく

「出来事に知らんぷりをする」ということでもなく

「何が起こってもいい」ということの “本質が解かった” ということだ

“起こったこと”、それだけが、ここに在ったのだ

だから「起こった出来事」にもう振り回されない

それどころか「その起こったこと」に対して笑ってしまうのだ

  

なぜ、わたしがこのように成れたのか?

それは「他者」が居ないことに気付いたからだ

「このことを他の人はどう思うだろう」

この「想い」が無くなったのだ

その「想い」を外してごらん

そこは “あなただけの世界” に成る

この安心感とストレスフリー

そこには “あなただけ” しか居なかったのだ

そこに居る「他者」も、みんなシチュエーション

みんな、“あなた” なのだ

これは「あなた」を手放したときに起きる

これが、“なんでもいい” だ

ここでは「すべての問題」が問題では無くなっている

つまり「何でもいい」ということの本質は

そこを “あなたの世界に替えた” ということである

この状態に成ると、あなたにもストンと理解できるだろう

その愛おしい世界

その “世界もろともがあなた” だったのだ

そこは、あなただけの為にに在ったのだ