「あなた」が何もしないとき未知がひらく

「意味づけ」しているのは「浮いている想い」である。

NO.380-128   旧ブログ記事 NO.128(2016.1.24)

私が “本流” に在れば、何も問題は起きないのですが、
そこから外れてしまうと「不満」が起きてきます。

この「不満」は、「想い」であり、
この「想い」がそこに生まれています。

それが「目の前の世界」に浮いています。

私の周りには、私の創ってしまった「想い」がたくさん浮いています。

  目の前の世界は、「結果の世界」であり、
  その「シーン自体」は、何の意味も持っていません。

この「意味の無いシーン」に「意味を付けている」のが、この「浮いている想い」です。

この「想い」に同化してしまうと、
「私が想った」ように捉えてしまいます。

他者がいる場合には、「他者が私にやっている」ように捉えてしまいます。

なぜなら、この「想い」が「私自身」に成ってしまうからです。

だから、この「想い」の扱い方を考えないといけません。

これがなかなか難しいのですが、
それらを受け取らずに「スルーしていく」ことです。

それをず~っとやっていると、
わたしは、“それらが起こっている空間” の方だったことに気付くでしょう。