「あなた」で何もしないとき未知がひらく

創造とは

NO.563

“創造” とは何だろう?

“あなたが観ている” ことだ

あなたが “それをそこに観ている”

これが、“創造” なのである

  

また、あなたが「その観たことを、そのように捉えた」

この「捉えかた」も「『あなた』の創造」なのである

  

だが、この2つには差異がある

“創造” と、「創造」だ

前者が、“創造” であり

後者が、「あなたの創造」なのである

  

さて、事実を言うなら

“観えたものしかない” のである

そこには「対」が無いのである

“それで完結” なのである

つまり、本来そこには “如何なる問題も起きてない” のである

だが、そこに「意味を付け足してくるもの」がいる

 「あなた」だ

この「あなた」が、いつもそこに「意味を付け足してくる」のだ

この「付け足したもの」が、後者の「創造」だ

この「付け足したもの」

つまり、「思考」

この「思考」が、「創世記」で言うところの

「蛇のそそのかし」なのである

そう、「あなた(思考)」が「蛇」だったのだ

だから、この「あなた(蛇)」を外すのだ

そんなものは元々無かったものだからだ

「それ」が無いことで、全ては上手くいく

なぜなら、「『あなた』という引っ掛かり」が無くなるから

全てがスムーズに流れて行くからだ

だが、ここには、ちゃんと “叡智” が在る

この “叡智が世界そのものに成る” のだ

だから 間違いが起こらない

“この状態で「対」が無くなる” からだ

“このとき起こっている行為” が

”無為自然” であり

「あなた」のいない

“あるがままの世界” なのである