「あなた」で何もしないとき未知がひらく

あなたの「顔」はどこだ?

NO.559

あなたは、本当にこの世界の中に居るのだろうか?

確かに、そこに「あなたの身体」は見えている

だが、「あなたの顔」はどうだろうか?

あなたは自分の顔を見ることが出来ない

いやいや「鏡を使えば見えますよ」

とあなたは言うかもしれない

だが、そこに見えているのは「鏡」である

あなたの「顔そのもの」ではないのだ

あなたが「あなたの実物」を見ることが出来るのは

あなたの「首から下の身体だけ」である

あなたは自分の「顔」は見れないのだ

「でも、他の人からは見えてるはずですよ」

と言うかもしれない

だが、それは「他人の世界の中」である

“あなたの世界” には

「あなたの顔」は存在しないのである

確かに、顔の辺りを触れば

「顔」が、そこにあるように思えるかもしれない

だが、それは「感触」だ

それは感触であって「顔」ではない

つまり、どのようにしても

あなたは「あなたの顔(頭)」は絶対に見れないのである

なぜなら、あなたの頭は

「この世界」の中には属してないからだ

ここに、真理が隠れている

  

つまり、“本当のあなたは”

“「この世界」からは見えない位置”

数学でいうところの “虚数”

「この世界=時空」の “外” に在り

あなたが「あなたの顔(頭)」としているものは

他者から見られたものが

「あなたの顔(頭)」として

そこに「投影されている」のである

それはつまり

普段のあなたが、自分だと思っている「あなた」は

“あなた” ではないということである

それは「他者の世界の中」の「あなた」なのだ

この普段の「あなた」は

いつも「他者」から「見られること」によって

そこに誕生している

つまり、「他者を通じて現れている」のが

「いつものあなた」なのである

これが「鏡の中のあなた」だ

「この者」が、いつも「意味付けをしている」「あなた」であり

推測をしている「あなた」であり

そう、「思考」の「あなた」なのだ

それは、「架空のあなた」である

  

だが、しかし、それらを “観ているもの” がいる

それは、“あなたの 頭 の位置のすぐ背後に在り”

「あなたの行為」をいつも追いかけて “観ている” のだ

“このひと” から観たら

「あなたがやっている行為」には全く意味が無い

だから笑ってしまうのだ

“このひと” は「あなたの行為」を観て

「何でこんなことをやっているのだ」といつも思っている

この「時空の外」から “観ているもの” こそが

“実在のあなた” なのである